(9) バタフライが形になってきたのかも

とある日曜日。いつものトレーニングメニュー。

まずビート板を使って、バタ足で25mを10本、続いて平泳ぎのキックで同じく10本、そしてドルフィンキック10本を済ませ、次にゆったりとした平泳ぎ15分とクロール15分を通して泳ぎ、最後にバタフライの練習をしていた時のことである。

何となくではあるが、時折、隣のコースから小学4、5年生ほどの女の子の視線があった。そしてひと休みしようとコースの端にたどり着こうとしたところで、確かに目と目が合った。間違いなくその女の子から、いまだ拙きバタフライの練習の一部始終を見られていたのだ。女の子は、この機を逃さんとばかりに隣コースからコースロープを潜って近づくなり、ゴーグルを外し少しはにかみながら「あのー、済みません、バタフライの泳ぎ方を教えてもらえませんか。」と声を掛けてきたのである。

まず、ビックリして、念のためこの俺で間違いないか、ゴーグルを外して背後を確認。

そして、自分のバタフライの形が認められるようになったのかと、努力が報われたようでまあまあうれしかった。おそらく顔に出ただろう。

と同時に、可愛らしい女の子と還暦前のオヤジという一対一のシチュエーションにどぎまぎした。周りを気にしないではいられない。

この程度のバタフライで教えるのは恥ずかしい。でも、勇気を振り絞って教えを乞おうとする若く純粋な率直さに、応えてあげたい。

そこで、インターネットで「高知発」、「バタフライ」で検索して、YouTubeの動画を参考に見よう見まねで練習してきたことを説明し、同じようにしたらとアドバイスした。「高知発」とは、四国の高知県の高知のことだよ。分かるかな。プールのタイルに指で「高知発」と漢字を書いて見せた。

その会話に納得したのか、女の子は、ありがとうございましたと言い残し、「高知発」という言葉を反復しながら足早にプールを後にした。